マリファナはなぜ非合法なのか?
三木直子訳
(原題: Marijuana Is Safer)
訳者あとがき
何年か前に、”LOVE 101” という本を訳した。この本の著者であるピーター・マクウィリアムスという人は、亡くなる前の数年間、AIDS と癌との闘病のために医療大麻を使用していた。大麻(マリファナ)には、疼痛緩和の効果や、癌の治療の副作用である強い吐き気を抑える効果がある。飲んだ薬を吐いてしまっては効き目があるわけがないから、吐き気を抑え、薬を体内にとどまらせてくれるマリファナは癌患者にとっては命綱なのである。
ピーターがマリファナを使っていたのは、彼の住んでいたカリフォルニア州で1996年に医療大麻の使用が認められたあとのことだ。ところが、自由思想家であり、医療大麻自由化の活動家でもあった著名人の彼を、連邦政府は気に入らなかった。マリファナの使用が州法で認められていたにもかかわらず、連邦麻薬取締局は彼をマリファナ所持で逮捕し、投獄した。スケープゴートにされたのだ。そして、マリファナを使わないことを条件に、多額の保釈金を払って保釈された彼は、2000年、自宅の浴室で、自身の嘔吐物によって窒息死した。
私は、このことを知ってとてもショックだった。なんと理不尽なことだろう、と腹が立った。当時、彼の死を「アメリカ政府による殺人」と呼ぶ人もいたというのも頷けた。それ以来、もやもやした気持ちがずっとどこかにありはしたが、日常的に身の回りで聞く話題ではないから、それっきりになっていた。
今年になって、日本にも医療大麻の認可を求めている人がいることを知った。私は活動家ではないし、マリファナに詳しいわけでもなかったが、翻訳家として、何か役に立ちたいと思った。日本にも医療大麻に関する本がないわけではなかったが、刊行されてから時間が経っていたし、医療大麻にかけては先進国であるアメリカの最新情報を日本語にすれば、間接的に応援できるのではないか。そう思って、医療大麻の本をいろいろあたっているうちに、この本を見つけた。
ただしこの本は医療大麻の本ではない。もっと端的に、マリファナの全面合法化を主張している。そしてその具体的な論法として、マリファナと酒をいろいろな角度から、徹底して比較している。
マリファナについてはアメリカよりもさらに規制が厳しく、マリファナと覚醒剤の区別もつかない人が多い日本では、こんな提案は過激すぎる—そう思いながら、斜め読みする気で読み始めた私は、その内容にグイグイ引き込まれてしまった。ものすごい説得力だった。そして読み終わったころには、この本こそ日本人が読むべきだと思ったのだ。医療大麻の解禁は、周囲が「マリファナを吸うのは悪いことだけど、病気の人はかわいそうだから仕方なく使わせてやろう」と渋々納得するより、マリファナは麻薬だ、悪だ、という感情的な思いこみがなくなる方が早道かもしれない。そこで、出版社に企画を持ち込むことにした。
出版社探しをしている間に、2010年 11月のアメリカの中間選挙の際、カリフォルニア州で、娯楽目的のマリファナ使用の合法化の是非を問う住民投票が行われることが決まった。いわゆる Proposition 19 である。それに先駆けて9月30日には、「法案1449」にシュワルツネガー知事が署名し、28.5g以下のマリファナ所持が軽犯罪から「違反」に格下げされて懲罰は100ドル以下の罰金だけになり、犯罪歴にも残らないことになった(2011年1月1日から施行)。Proposition 19 が可決されれば、21才以上の成人がプライベートな場所でマリファナを摂取することは違反ですらなくなり、大麻の合法的な流通が許可され、課税対象となる。まさに、この本が主張していることが現実となるはずだった。
そして今、これを書いているのは11月3日、中間選挙の翌日である。Proposition 19をめぐって賛成派陣営と反対派陣営が激しい票取り合戦を繰り広げた対決は、賛成派46%、反対派54%と接戦の末、反対派の勝利に終わった。
しかしマリファナ法改正運動家たちは打ちひしがれるどころか、今回の結果を大きな前進と捉え、早くも次の選挙に向けて動き出している。たしかに、今回の投票ほどマリファナ合法化の是非が全米で話題にされたことはなく、完全合法化の是非が住民投票にかけられたということ、そして実際に340万人もの州民が賛成票を投じたということ自体、画期的なことだったと言えるだろう。NORMLは開票結果が明らかになった直後のウェブサイト上で、「マリファナの合法化はもはや『されるかどうか』ではなく『いつされるか』の問題だ」と宣言した。時代は確実に、マリファナの合法化に向けて一歩歩を進めたようである。
さて、マリファナがアメリカで禁じられた経緯については本書の第2章で詳しく説明されているが、では日本ではいつどのようにしてマリファナが禁じられたかというと、第二次世界大戦終結後、日本が連合国軍総司令部の占領下にあった昭和20年に発せられた「ポツダム省令」によってだった。つまり、日本でのマリファナの禁止はアメリカ政府の命令によるものだったのである。日本の大麻取締法に目的規定がないという事実は、これがアメリカに「押しつけられた」法律であったことを示している。
この顛末については武田邦彦氏の著書『大麻ヒステリー:思考停止になる日本人』(光文社新書)に詳しいが、当時、この省令は日本では驚きを持って迎えられたそうである。なぜならそれまで、日本人にとって大麻草は、歴史の中で古代からごく普通に栽培され、麻という繊維がとれる植物として、またその実や油は食用として利用できる身近な農作物であり、誰もそれが麻薬とは考えていなかったからだ。大麻は神道との結びつきも強く、むしろ「神聖なもの」ですらあったのである。
それから65年。十数回の改正を経て、現在の大麻取締法(最終改正は平成11年12月22日)では、都道府県知事の免許を受けた「大麻取扱者」以外の人がマリファナを「所持し、栽培し、譲り受け、譲り渡し、又は研究のため使用してはならない」としている。そして何よりも驚くべきは、日本人が大麻(マリファナ)に対して持つイメージの変化だろう。かつてはごく身近な農作物であり、神聖なものであった大麻を、現在では大半の人が、恐ろしい麻薬と考え、マリファナ=悪、という構図が出来上がってしまっている。
だが、マリファナが、覚せい剤や、コカイン・ヘロインなどのいわゆる「ハードドラッグ」とは実はまったく違うものであることを知っている日本人がどれくらいいるだろうか? マリファナは、向精神薬物ではあるけれど麻薬ではない。このことは、「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンで知られる財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターのホームページ(*)もそう言っているのだから間違いない。そこにはこう書いてある。
Q6 麻薬・大麻・覚せい剤には、どんなものがありますか。
A 麻薬には、
1. けしからつくられるもの・・・あへん、モルヒネ、ヘロインなど
2. コカ葉からつくられるもの・・コカイン、クラックなど
3. 化学的に合成されるもの・・・LSD、MDMAなど
があります。
大麻には、大麻草からつくられる大麻タバコ、大麻樹脂などがあります。
覚せい剤は、メタンフェタミンとアンフェタミンとがあります。不正に使用されている覚せい剤は、そのほとんどがメタンフェタミンで、形状は、白色半透明 の結晶状ですが、なかには、小さなプラスチック容器に入った水溶液や、黄色の錠剤もあります。これらはそのほとんどが密輸品で、乱用者の間ではシャブ、ポン等の隠語で呼ばれています。
つまり、そもそも定義からしてマリファナは「麻薬」でもないし「覚せい剤」とも違うのである。向精神薬物ではあるけれど麻薬ではない、という意味で、マリファナはお酒に近い。違うのは、お酒は合法でマリファナは非合法であること。だからこの本がマリファナとお酒を徹底比較しているのは非常に的を得たことなのだ。
仮に近い将来カリフォルニア州で、あるいはアメリカのどこか別の州でマリファナが合法化されれば、日本にも影響がないわけがない。そうなれば、医療大麻はごく一部の人の問題、とのんびり構えてはいられなくなる。すでにマリファナが合法化されているオランダよりも、アメリカはずっと大きく、日本から遊びに行く人の数も断然多いのである。ディズニーランドのあるカリフォルニアで、「悪魔の薬」マリファナが堂々と吸えるようになってしまう! とパニックになる(あるいは狂喜乱舞する)前に、日本人もマリファナのことをもう少し知った方がいいと思う。
本当にマリファナは、それを所持したというだけで一生「犯罪歴」を背負わなければならないほどの悪なのか?
マリファナと酒の比較の中に、その答えを見つけるヒントがある。そしてこの本を読めば、少なくとも、自分の息子や娘がマリファナを吸いすぎて死んだらどうしよう、なんていう無駄な心配をしなくてすむようになる。(マリファナの吸い過ぎで死ぬのは不可能だということを、私もこの本を読んで初めて知った。)とにかく、読んだら色々な意味で目からウロコが落ちることは間違いない。「ダメ。ゼッタイ。」と誰かが言うからマリファナはダメ、と決める前に、医療大麻について、あるいはマリファナの全面解禁について、自分で考えてみる材料として、まずは読んでもらいたい本なのである。
2010年11月 三木直子・記
(*)薬物乱用防止Q&A: http://www.dapc.or.jp/info/qa/1.htm#6
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