CBDのすべて—健康とウェルビーイングのための医療大麻ガイド
三木直子 訳
(原題:Healing with CBD)
その健康効果がにわかに注目を集め、欧米で市場が急速に拡大中のカンナビジオール(CBD)。長年医療の現場に携わってきた看護師が、その経験を踏まえ、CBDの歴史と作用機序についての科学的な解説から、実際の製品の選び方、使い方までを詳説する、CBD大全。
<訳者あとがき>
私が医療大麻に関心を持ってから10年ほどになりますが、その間アメリカで起きた変化には目を見張るものがあります。なにしろ2009年の時点では、13州で医療大麻が合法だっただけで、嗜好大麻も、ヘンプの栽培も禁じられていました。それが2019年9月現在、医療大麻は33州とワシントンDCで合法となり、ヘンプが連邦法レベルで合法化されています。
この急速な合法化の波の背後にあったのが、CBD(カンナビジオール)の登場でした。大麻草やヘンプに含まれる多種のカンナビノイドの一つである CBD は、精神作用は引き起こさずに健康効果が期待できるとあって、ここ数年で急激に認知度が高まり、現在アメリカの市場には、ティンクチャー(チンキ)やカプセル、高濃度のオイル、チョコレート、キャンディ、ソーダや水などの飲料まで含む「エディブル」と呼ばれる製品群から、クリーム、美容液、フェイスマスク、ソープ、シャンプー、マッサージオイルといったスキンケア製品群、CBD を繊維に含ませた衣料品まで、膨大な種類の CBD製品が販売されています。市場規模で言うと、2018年の CBD製品売上高は全世界で13億4,000万ドル(約1,450億円)、アメリカだけでを取れば 5億1,000万ドル(約550億円)で、2025年までに 230億ドル(2兆3,000億円)規模に拡大すると予想されています。あるいはもっとずっと大きな市場規模になると予想するところさえあります。
いったいどうしてこんなことが起きたのでしょうか。
人間が品種に手を加えるようになる以前の野生の大麻草には、THC(テトラヒドロカンナビノール)と CBD がほぼ同じくらいの割合で含まれていたと考えられています。けれども1960年代にTHC が単離され、人間をいわゆる「ハイ」な状態にする効果を持つのはTHCであることがわかると、品種の改良はもっぱらTHCの含有量を高めることに焦点が置かれました。その結果、世に流通している大麻はCBDがほとんど含まれていないものばかりになりました。
ところが約10年前、北カリフォルニアで、たまたま突然変異で CBD を比較的多く含む品種が見つかりました。一方、1990年代になって人間の体内に「エンドカンナビノイド・システム」があることがわかり、また大麻草に含まれるカンナビノイドの研究が進むにつれて、研究者の間では、CBD が持つ医療的な効能についての関心が高まっていました。それを受けて一部の活動家が CBD に関する啓蒙と普及を始めたのです。
CBD という名前が一気に有名になったのは、2013年、CNNで放送されたドキュメンタリー番組『WEED』がきっかけでした。CBD が豊富で THC をほとんど含まない大麻草のティンクチャーが、ドラベ症候群という難治性てんかんで一日数百回の発作に苦しんでいたコロラド州の5歳の女の子シャーロットの発作をぴたりと止める様子が話題となり、我が子のために同様の治療を求める家族がコロラド州に移住するという社会現象を巻き起こしたのです。
その翌年の 2014年、俗に「農業法」と呼ばれる法律の4年に一度の改変があり、その中で、大麻草のうち「乾燥重量(刈り取った大麻草の花穂を乾燥させた状態)でTHC含有量が 0.3%未満のもの」が規制物質法の取り締まり対象にならない「産業用ヘンプ」と定義されたことが、今日の「ヘンプ由来 CBD オイル」ブームに火をつけることになりました。ただし 2014年の農業法改定では、ヘンプ栽培はあくまでも州政府あるいは大学の研究を目的としたパイロットプログラムとしてのみ許されていたので、アメリカ国内でのヘンプ栽培は地域も規模も限られていました。その後、2018年に再び農業法の改定により、農作物としてのヘンプの栽培や加工が連邦政府レベルで合法化され、ヘンプ栽培農家はヘンプに農業保険をかけたり銀行との取引が可能になりました。何よりも、医療用大麻を栽培するのとは桁違いの規模での栽培が可能になり、ヘンプの栽培が各地で本格化しています。
興味深いのは、ヘンプ栽培の解禁と同時に再び栽培されるようになった「ヘンプ」の中には、繊維のためでも種子を採るためでもなく、CBD を抽出することを目的として栽培されるものが多いという点です。2013年以降、育種家たちは CBD を多く含む大麻草の品種開発に躍起になっており、THC 0.3%未満という条件を満たす品種が続々と開発されています。これらは法的にはヘンプと分類されるわけですが、THC の含有量が 0.3%未満である(THC 0% という品種もあります)という点以外、大麻草(カンナビス・サティバ・L)であることに変わりありません。私はこれらを「医療用ヘンプ」と呼んでいます。
ヘンプから抽出された CBD を使った製品の人気はアメリカに限らず、ヨーロッパでも市場が拡大しています。こうした欧米での人気の後を追うようにして、数年前から日本にもヘンプ由来の CBD製品が輸入されるようになりました。残念ながら日本では大麻取締法によって、大麻草もヘンプも、茎と種子以外は所持・使用が禁じられているため、輸入できる製品は海外の市場にあるもののごく一部ですが、健康に関心の高い人々の間にじわじわと広がりつつあります。
と同時に、CBD についての誤った情報もインターネット上に溢れています。CBD を、大麻とは一切関係のない、次々にブームになっては忘れられていくサプリメントの一つと思っている人もいれば、「THCは人を酩酊させる悪い麻薬、CBD は医療効果のある良いカンナビノイド」という短絡的で誤った主張もよく見かけます。平素、一般社団法人 Green Zone Japan の理事として、医療大麻についての啓蒙活動を行っている私としては、CBD とは何なのか、なぜ体に良いと言われるのか、どのような使い方ができるのかについて、正確で包括的な情報をきちんと発信したいと思いました。そのために選んだのが本書です。
本書の著者であるアイリーン・コニェツニーは、American Cannabis Nurse Association という、大麻を医療の現場に積極的に取り入れている看護師の全米組織の会長を努めたこともあるベテラン看護師です。アメリカでは、たとえ医療大麻が合法な州でも、医師は FDA(食品医薬品局)に認可された医薬品でない医療大麻を「処方」することはできませんから、あくまでも患者が主体的に医療大麻を使うしかありません。こうした状況の中、患者やその家族に一番近いところでサポートを提供するのが看護師です。たとえばてんかんの発作を抑えることであったり、がん患者の標準治療に伴う副作用の軽減であったり、人生の終末期の苦しみをやわらげるための緩和ケアなど、医療大麻が役に立つ場面はさまざまです。実際の医療の現場で医療大麻を使う患者に寄り添ってきた著者が、その経験を踏まえ、医療大麻という枠の中でCBDについて、その歴史や作用機序についての科学的な解説から、実際の製品の選び方、使い方までを詳細に解説しています。
CBD はこれまでに、エンドカンナビノイド・システムを含めて65種類の作用標的(CBDが結合して作用する酵素あるいは受容体といった特定の組織)が特定されています。つまり、体内のさまざまな箇所に働きかけるために、効果がある症状も幅広いのです。中でも、鎮痛効果、抗けいれん作用、抗炎症作用、抗酸化作用、神経保護作用、抗がん作用があることがわかっています。
ただし、ヘンプ由来の CBDオイルはあくまでも「食品」であり「サプリメント」なので、医療効果を謳うことができないのは、日本もアメリカも同じです。また、医療大麻に関する厳しい規制は適用されず、品質管理の基準が甘いという指摘もあります。結果として市場に流通している製品は玉石混合です。法律をうまく味方につけて可能な範囲で健康に良い高品質な製品を届けたい、という良心的なメーカーもありますし、かと思えば、実際には効果が期待できない微量の CBD しか含んでいない製品に、CBD入りだというだけで高い値段がついているものも多々見られます。第三者機関による検査でラベル表記の内容と実際の内容が一致していないというケースも後を絶ちません。きちんとしたメーカーは自主的にきちんとした検査を行なっていますし、求めれば検査の結果を見せてくれます。製品を選ぶ際には、信頼できるメーカーであること、きちんと検査を受けるなどして品質管理されていることを確認することが大切です。
CBD製品の普及率はすさまじく、最近の調査では、アメリカ人の14%(7人に1人)が CBD製品を使っており、そのうち、40%が慢性疼痛の改善のため、20%が抗不安剤として、また11%が不眠症を改善するために使っていると答えています。世界ドーピング機構(WADA)による禁止薬物のリストからも CBD は削除されましたし、大手薬局チェーンの棚にも製品が並び、CBDオイルを摂った状態でヨガやメディテーションを行うクラスもあります。また「マイクロドージング」と言われる少量のカンナビノイドの日常的な摂取が、エンドカンナビノイド・システムの健康状態を向上させ、さまざまな疾患の予防に役立つのではないかという仮説もあります。今や CBD はアメリカの消費者にとって、健康的な生活を送るための大切なツールの一つになりつつあると言えるでしょう。そしてその潮流は日本にもすでにやってきています。
本書が書かれたアメリカでは、医療大麻や CBD をめぐる法律・規制、新しい科学的知見を含め、状況が刻々と変化しています。本書の訳出にあたっては、初めに本書が書かれた 2018年7月から翻訳作業が終わった2019年9月までの間に起こった市場の変化を反映させ、できる限り最新の情報を提供できるようにしました。また、現在の日本の状況では手に入らない、たとえば THC を少量含む製品による医療効果の情報などもあえて割愛せず訳出しました。CBDを、医療大麻という大きな枠組みの中に置いて理解していただきたかったからです。
CBDは私たちが健康に日々を送る役に立つ大きな可能性を持っています。CBDについて正しく理解し、上手に使っていけるよう、この本がお役に立てば大変嬉しく思います。
晶文社より 2019年 12月 16日発売。
こちらからご購入いただけます。キンドル版もあります。